有機的なテンポ

スイッチを入れて漫然と聴き始めたシュナーベルのベートヴェンピアノソナタ、op.109。気がついたらすっかり深遠な精神世界に引き込まれて、最後の変奏が終わりアリアの旋律がゆっくりと歌いだされた瞬間、心にポワっと何かが咲きました。花と言いたい所だけど、どんな花か分からないので「何か」という事にしておきます。不思議な演奏です。わっと驚くテクニックはなく、意地悪に聴けば粗も出て来る。録音状態も当然よくない。それなのに音楽の流れは途切れなく、聞き終わった後に確かな感情の痕跡が刻まれるのです。80年早く生まれていれば、その不思議をつきとめに再びドイツへ飛んだかもしれない。しかし今となっては会えないし、電話もできない。さてどうしたものでしょう。CDという媒体から正確に読み取れる事実が一つあります。それは「テンポ」。これはどんなに粗雑なアナログ録音であっても一分一秒たりとも違わないはずです。もう一度、注意して聴いてみる。なるほど微妙に伸び縮みしていますね。ほう、場合によってはかなりギリギリのところまで踏み込んでいますね。あっ、隣にかすりましたね。シュナーベルやコルトーはそのテンポのズレと細部の粗が理由で、ピアノのセンセイに評判が悪い。小声でいいますが、「これはテンポがズレているのではなく、完全に有機的なのですよ」。10年以上前に買ったシュナーベルの廉価版10枚ボックスは、youtubeの台頭に押されてお蔵入りしていました。シュナーベル先生すいませんでした、これからもよろしくお願いします。